【エピソードオブスバルBRZ】スバルBRZ 駆る「達人」山野哲也

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【エピソードオブスバルBRZ】スバルBRZ 駆る「達人」山野哲也

スバルBRZ 駆る「達人」山野哲也という人物をご存知でしょうか。今回は、山野哲也のエピソードを見ていきましょう。

出典:http://www.photo-ac.com/

スバルBRZ 駆る「達人」山野哲也

スバルBRZと山野哲也

山野哲也は、もともと本田技研工業で働いていました。そこで、ドライバーとして頭角を現しました。ホンダを去ると同時に愛車をスバルBRZに変更しました。そしてSUPER GTに参戦を表明しました。デビュー2戦目での初優勝ということで、当時話題を呼びました。途中、RE雨宮と合流してRX-7でSUPER GTに参戦したりもしましたが、基本的に山野哲也は、スバルBRZで数々のタイトルを勝ち取ってきました。 1

山野哲也 SUPER GTから勇退

2013年業界に衝撃が走りました。それは、山野哲也が今季限りでSUPER GTを勇退するという内容でした。
山野哲也は、通算タイトル15回という活躍などで名が知られる程、日本有数の「運転の達人」であり、ハコ車レースの国内最高峰SUPER GTでも大いに活躍したプロフェッショナルドライバーでした。そのため各界に与えた衝撃は、計り知れないものでした。山野哲也は、当時のことをこう語っています。

「SUPER GT人生の前半はチームを渡り歩きながらタイトル獲得を重ねましたが、後半はスバルに腰を落ちつけてマシン開発に力を尽くしてきました。インプレッサ、レガシィB4、BRZと、それぞれの車種で勝利を挙げられたことは、大きな達成感となっています」 2

ただし、レーサーとしての山野哲也は、引退していません。別のタイトルやジャンルで活躍するとのことでした。これは、山野哲也にとってのひとつの始まりであり、決して終わりではないことを意味しています。いちファンとしても安心したんじゃないでしょうか。 3

山野哲也の今

山野哲也は、現在、レース活動の一方で、ドライビングスクールの講師(アドバイザー)やタイヤメーカーやパーツメーカーの開発テストドライバーとして専属契約しています。また、オフィス コムドライブという会社を立ち上げて代表取締役になっています。自社でパーツ開発や販売も行っています。 4

まとめ

この時代(SUPER GT)のレーサーは、エピソードがとにかくたくさんあり、それぞれに物語があります。山野哲也もその一人です。また、山野哲也は、数々の名言を残しています。

「さまざまなモータースポーツカテゴリーの参戦と世界
中のクルマや路面の運転経験は、自分のなかの情報の整理と理想とするクルマの動きの見極める力に大きく貢献しています。」 5

こういったドライバーの名言もファンを魅了した理由のひとつではないでしょうか。